2026年5月29日、Blue Origin(ブルーオリジン)の大型ロケット「New Glenn(ニュー・グレン)」が、発射台で爆発しました。打ち上げではなく、地上でエンジンを点火する試験中の事故で、負傷者はゼロ。でも、この一発で宇宙関連株が軒並み下落し、中でも AST SpaceMobile(ASTS)が約15%下落と、一番大きく売られました。
この記事ではまず「ロケット1基が燃えると、誰が・どれくらい困るのか」を被害者マップで整理し、そのうえで個人投資家が実際に動かせる唯一の当事者=ASTSに絞って、急落の理由から「買い場なのか」の判断材料までを掘り下げます。
① まず、5月29日に何が起きたのか
| いつ | 米東部時間 5月28日 午後9時ごろ(日本時間 5月29日 午前10時ごろ) |
| どこで | ケープカナベラル宇宙軍基地 発射台「LC-36」 |
| 何の作業中 | 第1段エンジン「BE-4」7基を点火する静止燃焼試験。実際の推進剤(メタン+液体酸素)を満載した状態。衛星などの荷物(ペイロード)は載せていなかった |
| 起きたこと | エンジン点火直後に機体が炎に包まれ、満載の推進剤に引火して全体が大きな火球となって爆発。LC-36射点に大きな損傷(同射点はBlue Origin専用のため、他社の打ち上げへの影響はなし) |
| 人への被害 | 負傷者なし。全職員の安否確認済み。公衆への危険もなしとされる(残骸が周辺ビーチに漂着する恐れがあると警告) |
| 公式コメント | 創業者 Jeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏「根本原因を知るには時期尚早だが、すでに究明に着手している。必要なものは再建し、飛行に戻る」 |
New Glenn はこれまで3回打ち上げており、直近2026年4月の3回目(NG-3)では飛行自体は成功したものの、上段(2段目)の不具合でペイロードを予定の軌道に届けられませんでした。このとき失われた衛星こそ、後で詳しく見る AST SpaceMobile の「BlueBird 7」です。今回はそれに続く2連続のつまずきで、しかも今度は射点ごと失う深刻な事故になりました。New Glennを運用する Blue Origin という会社そのものを詳しく知りたい方は、別記事「Blue Originとは?」もどうぞ。
② 被害者マップ——「誰が」「どれくらい」困るのか
New Glenn を「打ち上げ手段」として当てにしていた主な相手は3者います。それぞれ立場が違うので、New Glenn への依存度と代わりの手段があるかで並べてみました。
| 困っている相手 | New Glennへの依存度 | 今回の打撃 | 代わりの手段 |
|---|---|---|---|
| AST SpaceMobile (NASDAQ:ASTS) |
中 | 株価が約15%下落と市場の反応は最大。4月にも衛星1機を喪失。ただし直近6月の打ち上げは無傷 | あり(強い)。SpaceX・ISRO とも契約済みの3社分散。6月分は既にFalcon 9へ |
| Amazon Leo (Amazonの衛星事業) |
高 | 構造的に最も痛い。New Glennで最大27機を発注、初回(6/4予定)が飛ばせなくなった | 限定的。他社ロケットは既に予約で埋まり気味。FCCの配備期限が迫る |
| NASA 月探査 (Artemis計画) |
低 (中長期) |
直近のダメージは小さい。月着陸船 Blue Moon は2029年以降の出番 | 直近の月計画はSpaceXが担当。ただし「2社体制」の一角が揺らぐ |
ポイントは2つ。株価で一番動いたASTSと、構造的に一番苦しい Amazon Leo がズレていること。そしてこの3者で、個人投資家が実際に売買できるのはASTSだけだということです——ASTSは事業のほぼ100%がこの衛星通信な一方、Amazonは衛星事業(Amazon Leo)が本体のごく一部でAMZN株はその投資にならず、NASAはそもそも個別銘柄ではありません。だから本記事は、ここからASTSに絞って深掘りします。
③【深掘り】株価で一番売られたのはASTS。でも近々の打ち上げは無傷だった
ASTSの打ち上げは、どのロケットに何機?
ASTSはあえて1社に絞らず、3社のロケットに分散して打ち上げています。これまで/直近の実績を並べると、こうなります。
| 衛星 | 時期 | ロケット(運営) | この便の機数 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| BlueBird 6 | 2025年12月 | LVM3(ISRO・インド) | 1機 | 成功 |
| BlueBird 7 | 2026年4月 | New Glenn(Blue Origin・NG-3) | 1機 | 失敗・喪失 |
| BlueBird 8・9・10 | 2026年6月(予定) | Falcon 9(SpaceX) | 3機 | 予定 |
| 以降 | 1〜2か月ごと | 複数社(New Glenn含む) | — | 年内 約45機目標 |
ロケットごとに1便で運べる数は大きく違います。New Glennは1便で最大8機まで運べ(Falcon 9は約3機、LVM3は1機)、ASTSにとって“まとめて運べる主力枠”でした。だから今回の打撃は「二段構え」です——4月にはNew GlennでBlueBird 7を1機失い、今回はその主力枠そのものが当面凍結されました。
とはいえ、これは致命傷ではありません。ASTSは打ち上げを3社(SpaceX・ISRO・Blue Origin)に分散しており、直近6月分は爆発前にFalcon 9へ切り替え済み。New Glennが止まっても「来月の衛星が上がらない」状態にはならず、痛むのは“将来の大量輸送ペース”の部分です。
④ それでも約15%下落。ASTSが売られた理由
直近の打ち上げが無傷なのに約15%も下げたのは、別々の悪材料ではなく爆発を起点にした”1本の連鎖”だからです。爆発で「New Glennが飛べない」→「ASTSの45機計画が遅れるのでは」という遅延懸念が走り、これをドイツ銀行が格下げという形で数値化しました(Buy→Hold、目標株価 $106、「配備が約半年ずれる」と試算)。
さらに同日は宇宙株全体がリスク回避で売られる地合いでした(Planet Labsも約8%安)。赤字の成長株は悪材料に弱く、下げ幅が増幅されたわけです。
ここで、ASTSの足元の数字も冷静に押さえておきましょう。投資判断の材料は「事故のニュース」だけではないからです。
| 売上高 | 約22億円($14.7M) |
| 純損失 | 約290億円($191M)の赤字 |
| 手元現金 | 約5,300億円($3.5B) |
| 5/29終値 | $113.41(前日比 -14.79%) |
| 年内の目標 | BlueBird衛星 約45機を軌道へ |
そもそも「45機」は何を意味する?——サービス段階のはしご
記事に何度も出てくる「年内45機」という目標。これは単なる数字ではなく、ASTSが「実験段階」から「課金できる通信事業者」へ変わる節目を表します。衛星の数と、提供できるサービスのレベルは、こう対応しています。
つまり「45〜60機」は”常時つながる”ことの最低ライン。ここを超えて初めて、楽天モバイルやAT&Tの利用者に「圏外をなくす」連続サービスを売れる=本格的な売上が立ち始める水準です。別枠で、AT&T+FirstNet(米国の緊急通信網)向けのベータサービスを2026年前半に開始予定で、これが商用化の地ならしになります。
だから New Glenn 爆発の本当の意味は、「ロケットが1基減った」ではなく「45機という連続サービスの入口に着く時期が、後ろにずれるかもしれない」という点にあります。近々の打ち上げが無傷でも株価が大きく下げたのは、市場がこの商用化スケジュールへの影響を気にしたから、と読むのが自然です。
⑤ 逆に「得をする」のは誰?——Starlink Direct to Cell
ここまで「困る側」を見てきましたが、投資家としては「逆に追い風を受けるのは誰か」も気になるところ。ASTSの連続サービス入り(45機)が遅れた場合、最大の受益者はSpaceX の「Starlink Direct to Cell(スターリンク・ダイレクト・トゥ・セル)」——衛星から直接スマホへ通信する、ASTSと同じ土俵の事業です。
| 比較 | AST SpaceMobile | Starlink Direct to Cell |
|---|---|---|
| 提携キャリア | AT&T・Verizon・楽天モバイルほか(通信会社約60社・30億人超をカバー) | T-Mobile(T-Satellite) |
| 衛星の状況 | 第2世代(Block 2)はまだ数機。45機の連続サービスはこれから | すでに650機超を投入・22か国で稼働中 |
| 商用状況 | 2026年前半にベータ予定 | 2025年7月に商用開始済み |
| 得意分野 | 標準スマホへのブロードバンド(高速データ)を狙う | まずテキスト中心、データ・アプリ対応を順次拡大 |
ポイントは、Starlinkは「すでに動いている」こと。ASTSの45機到達が遅れるほど、Starlinkの先行リードは広がります。しかもStarlinkの相棒はASTSのライバル T-Mobile。ただし「総取り」ではありません——Starlinkは現状テキスト中心、ASTSは標準スマホへの本格ブロードバンドが狙いで、目指す品質の階層が違うからです(ほかに Lynk Global や Apple/Globalstar の緊急SOSなど脇役も)。Starlinkの全体像は「Starlinkとは?」で詳しく整理しています。
⑥ では、この急落は「買い場」なのか?
投資家として一番気になるのはここでしょう。ASTSはまだ売上がほとんど立っていない“実行に賭ける”銘柄で、今回の急落は需要や技術の否定ではなく事象(打ち上げ段取り)起因。だから見るべきは突き詰めると「45機到達が半年ほど遅れるつまずきを、どう受け止めるか」です。強気・弱気の両面を並べます。
- 急落は一時的・事象起因。多社分散で6月分はFalcon 9で無傷
- 手元現金 約5,300億円($3.5B)を確保(転換社債=あとで株に換えられる社債でも調達)。当面の資金繰り倒れリスクは低い
- 通信会社約60社・30億人超をカバー、受注見込み(パイプライン)約1,800億円($1.2B)、FCCが248機を認可済み
- 連続サービス水準(45〜60機)に乗れば、粗利約90%・固定費型で売上・利益が一気に立ち上がる構造
- 収益化の入口が約半年後ろ倒し(45機到達の遅れ)
- 2026年の設備投資は約860〜980億円($575〜650M)見込み。増資による希薄化(新株発行で1株の価値が薄まること)リスクは継続(発行株数は直近1年で+33%)
- 四半期売上22億円に対し時価総額は数兆円規模=割高。完璧な実行を織り込んだ株価で、つまずきに弱い
- Starlink Direct to Cellは既に稼働=競争の時計が進む。4月のBlueBird 7喪失+今回の凍結で実行リスクが2回現実化
まとめ——これから何を見ればいい?
- 6月のFalcon 9(BlueBird 8/9/10):予定どおり成功するか。直近の最重要イベント
- 年内45機ペース:New Glenn抜きでも、連続サービスの入口に届くか(=本格的な売上の入口)
- New Glennの復旧:原因究明とLC-36の再建にどれだけかかるか(将来の大量輸送枠に直結)
- 競争環境:先行するStarlink Direct to Cellとの差が開きすぎないか
今回の約15%の急落は、需要や技術が否定されたわけではなく、“打ち上げスケジュールの遅れ”への懸念が主因でした。だからASTSを見るうえでの軸は、シンプルに「45機という連続サービスの入口に、いつ届けられるか」。事故の見出しに引きずられず、上の進捗を一つずつ確認していくのが、いちばん確かな見方だと思います。
